2005年11月 2日 (水)

コウゾリナ …合唱と子どもたち

コウゾリナの花

コウゾリナの花。

春の花と見まがうような花だが、スカシタゴボウのように、春から秋まで長く見ることができる花である。

コウゾリナ・・・(髪剃菜) キク科 コウゾリナ属 Picris hieracioides 花期:5月~10月

葉や茎にざらっとした剛毛があって、触ると手が切れそうだということから、髪剃り菜、または顔剃り菜。ただし、本当には剃れるわけではない。(笑)
秋の山では草丈1mくらいにも育っていた。

しかし、花は意外にかわいい感じ。タンポポに似た黄色い花は、たくさんの舌状花の集まりだ。みんなで協力して、一つの頭花を構成しているのである。

さて、今日は娘の通う中学の文化祭だった。
クラス対抗の校内合唱コンクールに燃えている娘は、「朝練する!」と、いつもより早く登校していった。
こちらも1年生の歌に間に合うように朝から出かけ、昼食を食べに行った以外は、夕方近くまで中学校で過ごした。

結果は思うように出なかったみたいだが、体育祭、合唱と、取り組みを通してクラスがだんだんと一つにまとまっていく姿を見るのは、ある意味感慨深いものがある。

この前までランドセルを背負っていたあの子、この子。
半年ちょっとでずいぶんと大人びて。
男の子たちは変声期のさなかで、思うような声が出なかったり。

どんなものにでも熱く燃えることができるのは、若い証拠だから。
その悔しさを次なるバネにしようか。
でも、歌う楽しさは充分に味わった様子。
まるで一人一人が花びらとなって、一つの美しい頭花を構成したようだった。

また一つ行事が過ぎて、また一つ、成長したね。
さあ、ゆっくりおやすみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 9日 (金)

ムカデ競争の下駄

娘の通う中学の体育祭だった。

へぇ、去年までは「運動会」だったのに、ちがうんだ・・・
聞けば、お弁当を家の人と食べるわけでもないし、シートを広げて場所取り合戦なるものもないそうな・・・
(もっともこれは小学校でも無かった。なぜなら、座る場所を、地区別に厳しく区切られていたからである。)

で、中学の体育祭では、行かない人も多いらしいのだが、娘の「来て欲しい。」の一言で、やっぱり行ってみることにした。

行ってみると、なるほど保護者はテント内でパイプ椅子に座って観戦である。これが、中学の体育祭というものか・・・あまりの違いにちょっとびっくりである。

mukade…で、写真は、なんだと思う?・・・って、タイトルの通り、ムカデ競争の下駄である。
へぇ!こんなものがあるんだ!売ってるのかなぁ?と、しばし感激して見つめてしまった。

2学期に入って、たった4回の練習で本番を迎えたにしては、なかなかきちんとしていたのが印象的だったが、「運動会」ではない「体育祭」では、ダンスや組体操もなく、演技という場面はまったく出てこない。
しかし、見ているうちに、「これでいいんだよねぇ。これで…」 と思ってしまった。

趣を凝らした出し物はなく、基本的には「走る」ばかりの体育祭だが、意外なほど盛り上がる子どもたちがそこにいた。
3年生のリレーでは、感極まって泣いてしまった女の子たち。
なぜなら、小中と一緒の学校に通ってきた仲間と走るリレーも、今日で終わりなのだ。

昔は、お母さんがお弁当をたくさん作って、一家で繰り出しただろう運動会。運動会が、一つの大事な娯楽であったころも、今は昔。
気温が確実に高くなってきている昨今、9月の中旬に行うにはあまりに暑すぎる。
これでは、観ている方も演じる方も、へたをしたら命がけである。

そろそろ、子どもたちに運動会を返してやっても、いい頃合いなのかもしれないな… 
そんなことを思いながら、一度も会えなかった娘の姿をファインダーの中で追っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月18日 (木)

学童 …夏の外出

学童の外出 学童の夏休み恒例行事である、夏の外出に同行した。…と言っても、まずは「お弁当の運び屋」になることだったので、途中合流である。

ボランティア係の娘は、朝、チャーターバスでみんなと一緒に行ったが、nancyは10時過ぎにプリちゃんで出発してお弁当を受け取りに行き、現地に着いたらお昼前。ちょうど良い時間である。

チャーターバスなんて、ちょっと豪勢ではないか?いやいや、当学童の行事は、できるかぎり「公共交通機関を利用すること」をモットーとしている。
それなのに、なぜチャーターする羽目になったかと言えば、ごらんのような水のある立派な公園なのに、路線バスが廃止になってしまったのだ。

なぜ廃止になったか、なんて、至極簡単。あまり人が行かないからだ。
なぜ人が行かないか?あまり行きたいとは思えない場所にあるからである。
では、どんな場所?・・・(固定概念を持たれたくないので、地域の詳細は避けているのだが)、ここは港、隣はコンビナートである。

子どもたちの声もかき消されるほど、騒音が大きく、近隣には一日中大型車が通る道がある為に、空気もよどんでいる。なので、イベントでもない限りは、あまり行きたいと思える場所ではないのだ。

しかしながら、ここは遊具も揃っており、穴場中の穴場である。学童の子どもらが悪さを…もとい、多少にぎやかに遊びまくったって、誰からも文句は来ない。
おまけにごらんの水!この水は塩素消毒してあり、自由に入ってOKなのである。おまけにすべて無料。こんな場所は、そんじょそこらにはない。

と言うわけで、ひたすら遊具で遊び、最後には水に入ってびしょぬれ遊びと、子どもたちは夏のひとときを思う存分満喫できた。

しかしながら、周りを見渡しても、学童の子どもたち以外にはほとんど遊ぶ人影も見えない状況に、大人たちは顔を見合わせては、「これって、どうしようもない税金の無駄遣いだよね~~!」を連発してしまったのだった。

nancyの居住区周辺には、図書館、児童館、公園など、子育てに必要な施設が一つもない。なんで子どもを育てるための「郊外」に作らず、およそ子どもが来そうもないコンビナート脇に作らなくてはならなかったのか、どんな言い訳を聞いても納得できそうにない。

なんてことをぶつぶつ思いながら、帰途に着いた。
行きはお弁当で一杯だったプリちゃんに、帰りは生ゴミを乗せて。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年8月 5日 (金)

障子のザビエル

今夜は学童保育所の定例会だった。

昼間は、利用料計算のためにExcelと首っ引きだった。だって一ヶ月に一度しかExcelなんて触らない。IF関数相手に、「もし・・・このセルがtrueならば?・・・」なんて、口に出して確認している始末である。

本来なら、全小学校区に一つは公設公営の学童保育所を設置すべきなのだが、誰も置いてはくれぬから、仕方がないとばかりに、地域の支援をバックに仲間たちで学童保育所を作り、そのまま会長で居着いて7年目。娘はこの春中学に入った。

しかし、学童を巣立っても、「学童の子どもたち」に変わりはなく、夏休みも数人の中学生がボランティアとして訪れてくれている。一緒に遊んだり、勉強を見てやったりと、みんな小さい子の面倒を見るのがうまい。

考えたら、うちの娘を含め、みな一人っ子ばかりである。しかし、せめぎ合ってわいわい育ち、笑ったり泣いたりしながら6年間同じ屋根の下で育ってきた。気が付くと、なんてたくましく育っていることか・・・

障子のザビエルさて、定例会が終わってふと上を見ると、壁画ならぬ「障子画」が、和室を彩っていた。実際は全部で3本もある。障子にじかに描いたものではなく、100均の天ぷら敷き紙を買ってきて絵を描かせたら、なかなかの力作揃いなので、障子に貼り付けたというわけ。

う~ん!なかなかのアイデア!これぞモダン・アート!中でも6年生男子の描いた、このフランシスコ・ザビエルがいたくお気に召したnancyは、一服求めようかと思ったくらい。

これだものなぁ~、子どもたちを見てるとおもしろくって、やっぱり学童はやめられないなぁ・・・と思ってしまうのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月 7日 (木)

今宵こそは… 七夕の夜

tanabata学童の七夕飾り。

今年は笹ではなく、野菜苗のために買った網が余ったので…と、こんな感じでハンモックのように吊されていた。
まるで天の川のようだ。

たくさんの願い事が下がっていたが、低学年の短冊がまことに可愛らしい。

◎ はやくじてんしゃがかってもらえますように
◎ あたしは、あいすくりいむのつくるきかいがほしいのです

みんなの願い事、叶うと良いね…

さて、朝にはよく晴れていたのに、午後には雷雲が近付いて、ゴロゴロと脅かし始めた。
とうとう、雷警報まで出たらしく、下校時間にばっちり引っ掛かった小学校では、「一時学校預かり」に、中学校でも、「外に出ないように」とアナウンスがあったと言う。
nancyも、あわててPCを落としたが、その後大きな音も途絶え、やれやれだ。

そんな雷さまのお返しに…と言うわけではないだろうが、夜になるに従い、だんだんと空が明るくなって行った。
8時過ぎ、外はどうだろうな?…と外に出てみると、なんと晴れているではないか。
夜空を見上げてみると、星が見える。
これは、何年ぶりかの逢瀬が叶うのだろうか?そう思うと、なんだかわくわくしてきた。

目が慣れると、しだいにいくつもの星たちが見えてくる。
えっと・・・あ、これこれ。織女はヴェガだ。ヴェガは0等星で、全ての星の光の基準になるのだと、昔何かで読んだ。
健気に機織りなんてやってるが、織り姫なのだから「お姫様」。いやいや、それ以上だ。全ての星たちに君臨する、まさに「星の女王」なのである。

牽牛はアルタイル。ヴェガとアルタイルとデネブで、夏の第三角形を構成する。
ところが、・・・あれ?アルタイルはどこにいるのかな?
…どうやら、アルタイルさんは、雲に隠れてしまったらしい。これでは完全に遅刻だ。
う~ん・・・久し振りのデートだと言うのに、星の女王様は待ちくたびれてしまいそうな雰囲気である。

ヴェガとアルタイルは、17光年離れていると聞いたことがある。あらまぁ、ずいぶんと遠いのねぇ。それでは、おいそれと気軽に会うこともできないだろう。

さてさて、ふたりが次にデートできるのは、いったい何年後の夜なのだろうか・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年7月 6日 (水)

洗濯に追われ…

三日間ほど降り続いた雨も、今日は少しだけ休んでくれた。この晴れ間はまことにありがたい。いそいそと洗濯にいそしんだ。

娘も、中学生になって2度目のプールに入れるとあって、ルンルンで出掛けていった。
2度目?そう。あんなに暑い日が続いたのに、まだプールの授業は2度目なのだ。
なんでも、ハードル走のテストが終わらないとダメとかで、カンカン照りの日には入れて貰えず、初めて入った日は小雨混じりの肌寒い日だった。それもたったの15分とか。
小学校もそうだが、「梅雨に入って寒くなったらプールに入りましょう。9月はまだまだ暑いけど、10月は忙しいし、台風も多いし、早いところ運動会をやらなくちゃいけないから、プールは1学期でおしまいです。」なのである。
矛盾だらけの学校教育。こんなことだから、融通の利かない子どもたちが育つのだ。
(※余談だが、nancyは9月にプールに入った記憶があるのだが、東京では9月半ばくらいまではプールには入れて、運動会は10月ではないか?)

…てなことを思いつつ、洗濯物を干す。本当に良い気持ち。
午後になって雲が多くなったが、なんとか概ね乾いてくれた。分厚いジーンズなどは、乾燥機の力をほんのちょいと借りればいい。

murasaki_katabamiさてさて、道ばたの可愛いお花がまた1つ。

ムラサキカタバミ・・・(紫片喰) カタバミ科 Oxalis corymbosa 江戸時代にやってきた帰化植物。日本では種を結ばず、らっきょうのような鱗茎で増える。
園芸種のオキザリスの原種と言ったら、ピンと来るかも。
 
あ!これ、よく見る!・・・でしょう??

nancyが小さい頃は、東京にも「どぶ」がたくさんあって、そんな「どぶ」の脇には、このムラサキカタバミの花が咲いていた。
葉っぱは3枚だけど、三つ葉のクローバーとはちと違う。でも、東京ッ子にとっては、この花が幸福の三つ葉だったのかも。

ムラサキカタバミの、葉っぱの方は、またいずれご紹介しようかな?
前に書いた、ジロボウエンゴサクのように、nancyたちは、葉っぱを使ってお相撲を取ったりして遊んだのである。

ムラサキカタバミ。これもまた、ちょっぴり懐かしいお花である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月12日 (火)

丸いちゃぶ台

nancyが「のほほん会長」している、民設民営の学童保育所の座卓たちが、だんだんと傷んできた。

学童保育所の座卓は、食事をしたり、宿題をしたり、おやつを食べたりと、とても重要な位置を占める。
ところが、いたずらな子どもたちは、いくら注意しても、何かの時に座卓に乗ってしまうものだ。さすがに設立して6年も経つと、たわんできたりしてしまい、何かあっては危ないので、思い切って新しいのを購入したのである。gakudo-entaku
それが写真の丸いちゃぶ台である。買ったのは、全部で4台。しっかりとしていて、一徹父さんのちゃぶ台返しは簡単にできそうにない。これが最重要ポイント。

さて、四角い座卓から、丸いちゃぶ台へ。…早速、子どもたちに変化が見られたようだ。
不思議と上に乗る子どもはいないらしい。
丸いちゃぶ台に、ただ今11人
そして、これが昨日のこと。なんと、一つの座卓に11人!仲良く並んでおやつを食べている。指導員の携帯で撮した写真だが、見た途端にうれしくなっていしまい、お披露目した次第。

押し合いへし合いの大家族のような、大らかな気持ちになれるだろうか…?

丸い座卓・・・最近では良さが認められて、若い人の間で流行っているのだと言う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年3月17日 (木)

卒業式前夜

桜桃のつぼみから雨粒落ちる朝からひっきりなしに雨が降っている…。桜桃のつぼみから雨粒がぽたり…

明日は娘の卒業式である。中学は自転車通学であるから、通学路を歩いて小学校に行くのは今日で最後になるだろう。
娘が2年生になってから、ずっと続けてきたことがある。それは、集合場所までの路地を一緒に歩くことだ。なぜ2年生からかというと、1年生の時は6年生が寄ってくれたのだが、その子が卒業してからは、少子化もあって、家の前を通る子どもは居なくなった。
ブロック塀脇のその道は、なんとなくじめっとした裏道であったし、朝っぱらからさみしい思いをするのは、なんだか損をするような気がしたので、一緒に歩くことにしたのである。

いつまで歩くかは、特別に考えていなかったが、娘が「もう、いいよ。」と言う日までかな…とは、思っていた。しかし、そのまま6年生の卒業前日まで朝の見送りは続き、お天気の日も、今日のような雨の日も、風の日も、雪の日も、150m程の距離を、毎日いろいろな話をしながら歩いた。梅雨時になると、ブロック塀にはたくさんのカタツムリが出現したし、赤ちゃんガエルがよじ登ろうとして塀に激突したりしていた。
一年生の頃はお尻に当たって痛かったランドセルも、この3月には寄せ書きでいっぱいになった。

本当に、あっという間のできごとだった!

明日は、共に祝おうね。卒業を、共に歩こうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月 9日 (水)

年度末は続くよ、どこまでも…

子どもが作った木馬ですようやく確定申告が終わったばかりであるが、今度は(nancyが言い出しっぺで設立、皆に助けられてのほほん運営会長している、)学童保育所の監査であった。
もちろん、急にやって来たわけではない。ずいぶん前からお達しが来ていて、ご丁寧に希望日までお伺いされて今日に決まったのだが、なにせこの時期nancyは、家業の会計が追っつかない。特に今年度は一時寝たきりになってしまい、正直12月くらいまではまともに動けなかったために、あらゆる仕事が押せ押せになってしまった。とはいうものの、身体が動くというのは実にありがたいことである。文句は言うまい、なのである。

話は戻るが、監査に来たお役人に寄ると、次年度(つまり4月からね)から、補助金額が相当減額されるらしい。これまでも、障害児加算などまでもが、年々ちびちびと減らされてきたのに、今度はいろいろな加算が完全撤廃されてしまうと言う。細かいことは書かないが、利用者サイドに立った運営がしにくくなる。
とは言え、文句ばかり言っても始まらない。補助金が少ないならそれなりの運営をするまでである。なによりも学童保育所は、子どもたちも、nancy含めた親たちも、良い仲間作りが出来、育ち合える空間なのである。もっと苦しい時期をみんなで乗り切ってきた。何が大切なのかを、nancyたちは学んできたのである。

写真の「木馬」…って、段ボール箱で作った馬だが、どうだろう・・・?子どもの想像力はすばらしい。何が無くても豊かに遊べる子どもたちが育っているだけで、nancyたちは満足なのである。

とはいうものの、補助金が減らされるのはとっても痛いです!なんとかならないかぁ?!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年2月 2日 (水)

やはり雪…

真っ白な通学路昨日からの猛烈な風は、夜を通して荒れ狂い、とうとう分厚い雪雲を連れて来た。風の音がすごくてなかなか寝付けず、やっとこ寝付いたと思ったら、窓の外がやけに明るい。予想通りの「雪の朝」である。

最強寒気襲来の予報を受けて、慌ててプリちゃんをスタッドレスに換えたのが一昨日のこと。予算オーバーには思わず泣いたが、まったくの無駄にならずに済んだ。
娘を集合場所に見送る際に、雪景色をgetしようとカメラを手にしたのだが、雪は降り止まず、ついた足跡にさらさらと粉砂糖をまぶしていく。真新しいスノーブーツ。一歩一歩進むたびに、きゅっきゅっと雪のきしむ音がする。
時折顔を出す太陽の、光を受けた雪が目に痛い。写真の中に、休み無く降る雪が写り込んだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年1月30日 (日)

漢字検定!

大人も子どもも一緒に受験今日は漢字検定の試験日だった。
と言っても、nancyが受けたわけではない。学童に準会場認可が降りて、今日が第一回目の検定試験だったのである。指導員と共に、にわか試験官を務めさせて貰った。大人も子どもも、この日のために一生懸命勉強して、ちょっぴりの緊張感を味わいながら、それぞれ解答用紙に向き合っていた。

nancyが漢検に出会ったのは昨年度のこと。毎年受けていた小学校での準会場受験ができなくなってしまい、ぜひ受験したいと言う子どもたちを連れて、昨年のちょうど今頃、遠い公開検定会場まで引率したことに始まる。「どうせ行くなら受けようじゃないか」と突貫工事で勉強したら、まことに運の良いことに準2級に合格した。
試験は、何度受けても緊張する。決して好きではない。しかし終わった後の解放感たるや、音楽で言う「テンション・コード」(緊張した和音)が、安定したトニック(主和音・例えばドミソ)に回帰するようなもので、ちょっとした快感がある。
そして、娘と肩を並べて試験に向けて勉強をするという体験こそが、目からウロコの驚き桃の木であった。もちろん受験級は違うが、はっきり言って漢字落ちこぼれのnancyに比べ、漢験先輩の娘は、問題集も鮮やかに終わらせていくのだ。なにせ、部首が覚えられない。いささか形無し状態であった。しかし、共通の目標を持つということが、親子の距離を一段と近いものにしてくれた。結果よりもプロセスなのだ。その中で何かが掴めればそれでいい。
この時の体験が忘れられず、「漢験を地域で受験できないものだろうか」と、準会場の認可申請を提出したというわけである。なぜなら、公開会場へはなかなか行けない子どもたちが居たからだ。

ここで疑問に思われる人がいるかもしれない。果たして「子どもたちが、何かの試験を自分から受けたいというものだろうか?」答えは「Yes」である。遊ぶのと同じように、子どもたちは学びたがっている。本来、子どもたちは学習欲の塊なのである。ポイントは動機付けなのだ。小さな、ちょっと頑張れば飛べそうなハードルをぴょんと跳んでみる。跳んでみるとちょっとおもしろい。またもう少し高いハードルを跳びたくなる。跳べた自分を誉めて上げたくなる。そんな自分が好きになる。これが一番大切なことなのだ。

まるで漢験のPRのようになったが、家庭の中で共通した話題を提供できるなら、漢験なくても良かった。しかし、「漢字なら若い者には負けない」という高齢者もいるだろう。つまりは、学童=小学生という枠から抜け出て、一般にも広く門戸を開けたかったのだ。

今日の試験では、親子で受験する姿も見られた。申込みをしてから今日まで、きっと一家団欒の話題に上ったことだろう。四字熟語を諳んじたことだろう。

ここで問題。
○肉□食
・・・・え?! 焼肉定食って?!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年1月27日 (木)

「顔無し」現る!

ある日のこと、娘と友人のAくんBくんの計3人を、プリちゃんの後部座席に乗せて走っていると、突然Aくんが叫んだ。
なんだあれ?!
こちらは運転しているので、まさか振り返ることも出来ないが、Bくんもさけぶ。「人だ!」「走ってたぞ!
・・・人が走るのは一つもめずらしいことではないだろう。何を騒いでいるのだ?それにしてもボーイソプラノは車内に良く響く。
「今のは…いったいなんだ?顔がなかったぞ!」それまで無反応だった娘も急に目覚めて、「えっ!顔無し!?」
俄然車内は色めき立つ。
それって、「千と千尋」の世界でしょ?いったい君らは何を見たの?

「道路標識よりも背が高い。」「すごいスピードだった!」「顔がないんだ!」「服がぱたぱた揺れていた!」
小間切れのデータが加算されていく。よくもまぁ、一瞬の間に、これほどの情報を捉えることができたものである。
それからの間、二人の男の子は、「○時○分にどんな電車が走っているか」という重要な議題には、もはや戻ることが出来ず、車窓から見たその一瞬の姿を、夢中で探っていた。ひょっとすると、既に思考の全てを見知らぬ妖怪に乗っ取られてしまっていたのかしれぬ。顔無し

「顔無し」の目撃情報を整理すると、こんな具合である。
・顔が無い。
・長身である。(およそ2m50cmくらい。)
・白い服を着ている。服がぱたぱたとはためいていた。
・坂の上からすごいスピードで駆け下りてきた。
・その後、消えていなくなった。
娘は残念ながら右側に乗っていたので見ていないのだが、二人の話をまとめて絵に描いてくれた。

「絶対に人間だよ。泥棒かなぁ。さっと居なくなったぞ。」「泥棒なら目立たない服を着ているはずだよ。」「どのくらいの速さだった?」「時速50kmくらい。」「それ、速すぎないか?」「じゃ、30kmくらい。」それって、落ちすぎ~!(笑)
子どもたちの会話を聞きながら、(非常に風が強い日だったので、「かかし」の衣装が揺れたのを見たんじゃないの?)などと思いながらも、心のどこかで"何かわくわくしたもの"が飛び出すのを待っていた。

子どもの頃は妖怪の一匹や二匹は近所に住んでいたし、家の中にもへんてこな物が住んでいた。カーテンの模様がおばけに見えたり、壁のしみが動いたような気がした。誰もいないのに、家がぎしっと音を立てると、透明人間がそこにいるのだと思って話しかけてみたりもした。
しかし、いつしかそういう不思議なものがまわりから消えてなくなり、気が付いたら、壁のしみはただの汚れにすぎなかった。
持っていた「力」を失ったようで、「…なんだかつまらないな…。」・・・と、思わずつぶやいてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年1月26日 (水)

カプラ

カプラで作る…去る 12月18日の「あらしのよるに」で書いた、「カプラ」の話。
このカプラ、戴いたものの、訳あってなかなか学童の子どもたちの手に渡らなかった。
カプラとは、塗装もしていない、単なる薄い木の板のおもちゃである。今回戴いたのは、なんとカプラが1000枚入った木箱入り!本当にゴージャスなプレゼントだ。で、「1000枚のカプラ全てに連番を付ける」作業が必要だった。だって、せっかくの頂き物だもの、大切にしなくっちゃね!…と言うわけで、当然連番を打つのは指導員たちの仕事になるのだが、どうもなかなか進まなかったらしい。
ともあれ、こうしてやっと子どもたちの手に渡ったカプラだが、まさに単純な形ゆえのおもしろさがある。Webサイトで見て貰えばわかるが、本当に何のことはない、単なる薄い板なのだ。なのに、なんでこんなに面白いのか。
例えば、高く高くタワーを造る。大きな家を作る。正確にカットされてるから、驚くような形も造れるのである。…数があれば、の話だが…。
そして、なにより素敵なことがある。造った物が壊れて落ちる時の音がいいのだ。贈呈式では、たくさんののカプラを使って大勢で遊んだが、(大人の方が、相当夢中になっていた。)時折、「きゃ~!」という子どもたちの声と共に、カプラが崩れ落ちる音がする。軽く高い音で、とにかく耳に心地良いのである。
なるほど、手触り以外にも、音まで計算しておもちゃを作っているのだろうか。ヨーロッパのおもちゃは定評があるが、触るとさすが!と思わせる物が多い。

写真は、頼んでさっと作ってもらった、即席の作品です。本当はもっとすごいのが作れるのよ。と言いたいMちゃんかな。指導員苦労の連番が見えるでしょうか?
すごい作品が続々できあがっている様子で、またそのうちに写真を貼りましょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年1月25日 (火)

子どもたちの夢

教室娘(小6)が、卒業前の思い出作りの一環で「将来」についてのアンケートを採り、それをまとめるためにアンケート用紙を持って帰ってきた。
題して、20年後の自分。32才になった自分に思いを馳せて書き込むのである。果たしてどんなことが書かれているのだろう。実に興味深い。ざっと覗いてみると…、
サッカーや野球の選手になっているという男子が数人。スポーツ選手は今も昔も憧れの存在なのだ。「アメリカNBAでバスケをしている」という女の子が二人。これは田伏選手に刺激を受けたのだろう。
他には「花屋さんになっている」「ゲーム・クリエイターになっている」「ロボ・コンに出場している」などなど…。
しかし、いかにも子どもらしい壮大な夢は、ほとんど見当たらない。一番多かったのは、単に「仕事をしている」であり、そのほとんどが男子である。夢とは言え、概して女の子の方がスケール大きく感じるのは、何故だろうか。
もちろん、32才の自分が仕事をしているというのは、現実的で、決して悪いことではないが、まだまだこの世に生を受けて12年そこそこの子どもたちである。もっともっとでっかい夢を抱いて欲しいではないか。それをクラスメイトに宣言して、夢に向かって力強く進んで欲しいではないか。夢を見れない小学生。どこかあきらめてしまっている子どもたちが多い。これでは今の中高生が将来に希望を持ちにくくなっているのは、当然のことと言えよう。

ちなみに、我が娘は「結婚してお母さんになっている」と書いたそうだ。う~ん…ま、いっか。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)