2013年1月 1日 (火)

本年もよろしくお願いします

Blog2013_2

またもやお正月更新になってしまった。

山へ…、しかし、いつもとは違う方角へ車を走らせると、目前にこんな光景が。
nancyの運転中、娘が撮影した写真である。
構図の取り方がnancyそっくり!なんて言ったら怒られるか…
そんな娘も、もうすぐ成人式。早いものである。

ミルクのいないお正月は2回目を向かえたが、山を歩くとき、ついミルクの存在を探してしまう癖はなかなか取れないのであった。

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2012年1月 3日 (火)

今年もよろしくお願いします

Blog_380px2012_3

いつもと同じようでいて、実はまったく同じでないお正月を過ごしている。

人間、生きていれば、きっといつかは別れがやってくるものなのだが、ついつい見て見ぬふりをしている自分に気がつく。

たくさんの思い出をありがとう。

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2010年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます!

Blog_380px

またまたお正月が来てしまった。

え?なんだか、お正月だけ書き込むブログになってやしないかって?
う~ん…確かに…。

だって、年がら年中、すんごく忙しいのである。

いつの間にか、「健康=忙しい」の図式ができあがってしまった。

そうなのだ。
かつてnancyが暇な時は、病気~病み上がりの頃だけなのだ。

そして、今は今まで生きてきた中でも、一番元気で、一番忙しい時期なのである。

結局は、nancyが仕事を作り出してしまうか、または、処理能力が低いから、仕事の方が追いかけてくるのだろうなぁ。

とはいえ、今年も無事にミルク出演の年賀状を出すことができたことに感謝して、年頭の挨拶としよう。

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2008年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます!

Nancy2008blog_2 

今年はがんばって更新します!(…予定)

本年もよろしくお願いいたします!

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2007年3月31日 (土)

今日で年度も終わり

就学年齢の子どもがいたり、nancyのように学童保育所を運営していたりすると、(家業の年度末である)12月よりも、3月のほうがずっと年度末という気分になる。
そして、今日が正真正銘の年度の末日である。
年明けからずっと「年度末だから…」が口癖のようになっていたが、今年度は実に様々なことがあった。

その中でも、娘のピアノがめざましい変化を見せたのが記憶に残る。
昨年9月より、とある先生(ご自身が素晴らしいピアニスト)に師事することになり、遠距離レッスンを始めたのだが、それからわずか半年後にエントリーしたピアノコンクールの県本選会で、なんと最優秀賞を戴いてしまったのである。
これには、当の本人はもちろん、隣にいるnancyまでびっくりしてしまった。
今まで本選ではかすりもしなかったし、予選でだって「最」の付く賞なんて一度も貰ったことがない。
もちろん、のだめ流「コンクルの裏技」なんて使ってない。(笑)

世の中には「本物」と呼べる人たちが居る。
それら本物の人たちは、本物の魔法が使えるのである。
そんなほんまもんの師に出会えた娘は、ほんまもんの幸せ者である。
ただし、その幸運を生かすも殺すも本人の努力と、もう一つ、これからの運次第。
今後ますます大変(こちらも大変;)になってくるに違いないのだが、それでも娘にとっては嬉しい苦労と言えるのだろう。

サクラ さて、写真は土手に咲いていた桜の花。
葉の展開と同時に花が咲くタイプである。

こちら東海のソメイヨシノはようやく咲き始めたところ。
「やっと本物の春が来た…」と思いきや、昨日今日の寒さに当たっては、「今年の春はなんだか咲きにくいねぇ。」なんてサクラの声も聞こえてきそうである。

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2007年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます!

Blog01_2007

昨年は体調不良に泣かされましたが、
今年は元気にがんばりたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

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2006年12月23日 (土)

久しぶりのエントリー

Kanasi04 久しぶりのエントリーだ。
ハーボットの「むぃむぃ」は辛うじてBlogPetの「れぃれぃ」の投稿によって飢えをしのいでいたが、なにせ致し方ない状態が続いていたのである。

実は、12月に入って間もないころから体調を崩していた。
就寝しようと思って横になると、右顎周辺に痛みが生じるのである。
むし歯が痛んでいるのだろうと思って歯科を受診したが、それほどたいした虫歯ではないとのこと。
なにせ歯をコンコン叩かれても、そんなに痛くないのである。
差し歯にしてある歯でもあるし、敢えて掘り返さなければならないほどの異常さは見つからなかった。
三叉神経痛かもしれないね」と言われて、それなら10年ほど前に経験しているからと、自分なりにも納得した。

しかしその後もだんだんと症状は進んで行き、しまいには5分~15分間隔で痛むようになってしまった。
テンションの高い痛みだからか、鎮痛剤を飲んでもほとんど効果がない。
仕方なく、痛みが起きる度に起きあがって和らぐのを待ち、再び横になるのだが、またすぐに痛みに起こされる…というわけで、これでは起きているのか寝ているのか…、自分でもよくわからなくなった。

不思議なことに昼間は痛みもほとんど起きないので、昼の12時頃に1~2時間くらい仮眠を取ることでなんとか持ちこたえていたが、かれこれ2週間もまともな睡眠が取れない状態が続いたのである。
さすがに日常生活にも支障を来すようになり、このまま治らなかったらどうしようかと、正直不安がよぎった。

この膠着状態に変化が生じたのは、20日(水)の夜だった。
「痛~!」声には出さないが、相当きつい痛みが右顎奥を襲った。
これは、今までの痛みとは違う。…間違いなく、歯の痛みだ。
さすがにこの時ばかりは“横になると痛む神経痛”は影を潜め、鎮痛剤と度重なる睡眠不足のお陰で、久しぶりに3時間くらい眠れたのが、なんとも皮肉な話だった。
普通なら、たとえ薬を飲んでも一睡もできないと思われるほどの痛みだったから、である。

痛いのはまことに辛かったが、これでここ2週間以上味わっている「眠れぬ苦しみ」に、なんらかの決着が付きそうな期待感もあった。
翌日歯科を受診して、とんでもなく痛む歯の神経を取ることになったのだが、歯医者さん曰く、果たしてこれで「あの痛み」がきれいに消えるかというと、それはまだわからないらしい。

が~ん!そうなのか…

ともあれ、眠れない状態からはとりあえず抜け出したようで、痛みこそあれ、眠りを妨げるほどのものではなくなった。
ようやく人間らしい生活に戻って来れたのだろうか…

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2006年9月19日 (火)

敬老の日に…

東京に住む両親に心ばかりの品を送ったら、ありがとうの電話が入った。

敬老の日を祝うのは、親の老いを認めるようで抵抗があったのだが、父は80才を越え、母も当年取って77才。これはもう、どこへ出してもおかしくないほどの立派な年寄りである。
ということで、ここ数年は当たり前のように敬老の日を祝うようになっていた。

両親とは、3年前に父が倒れたとき帰京して以来、会っていない。
昨年からは母が1人で父の自宅介護をしており、案じてはいるものの、なかなか帰ることができない。
電話のやりとりが続いているのだが、電話代も高いことだし、なんとか携帯メールが使えないものだろうかと思っていた。

もちろん(?)母はちゃんと2代目のDoCoMo携帯を持っていた。
しかし、どうしても使いこなせない。
簡単な機種を選んだはずなのだが、「教えてもらったときにはできたんだけど…」と、しまいには電話を掛けることも怪しいほどになってしまった。
こちらからメールを送っても、それを見ることすらできないのである。

auの携帯 そこへ母の「携帯換えたんだけどねぇ…全然わかんないのよぉ。」…との言葉である。
(あら、ナンバーポータビリティを待たずして換えちゃったんだ。)

ほとんど使うことができない携帯の、毎月の料金がもったいないと言ってはぼやいていた母に、次はnancyと同じauにするようにと勧めていた。

なぜなら、DoCoMo使いだったnancyに、「auは、機種が違っても操作性がだいたい同じなんですよ。」と言って勧めたお姉さんの言葉が頭にあったからだ。
DoCoMoの時は、電話を介してではどうにも説明しようがなかった。
しかしauならなんとかなるかもしれない。

訊けば、nancyの番号だけがアドレス帳に入らなかったらしい。
早速、遠隔指導を…と思ったが、残念ながらこの日はアドレス帳登録までには至らなかった。
アドレス帳に登録する前に、アドレス帳から掛けたい相手を選ぶこともできないのである。
仕方なく、着信履歴から掛けることを教えた。ひとまずこれで電話を掛けることはできるだろう。

それにしても、普段当たり前のようにやっている携帯の操作だが、それを言葉だけで伝えようとすると、なんと難しいことだろう。
大きな丸いボタンを…、ここまではいい。
「それを下に押して…」つまり、カーソルで「↓」をして欲しいのだが、これがなかなか伝わらないのである。

「ほれ、その…、あの…、丸いボタンのまわりに額縁みたいなのがあるでしょ…」とかなんとか、四苦八苦して説明するのだが、先方はこちらの話など聞きもせず、とんちんかんなことばかりしている。
声が大きくなるのをぐっとこらえ、「はい、一つ戻ろうね。メモ/クリアを押してね。」を繰り返す。

ああ、これはまるでサポート業務だ。
そうこうしているうちに、電話番号がわかればCメールが送れるので、こちらからCメールを送ってみることにした。
受信メールを見ることからして一苦労だったのだが、しまいには返信メールを送ることに成功。やったぁ!

母は、「あいうえお」と打ったと言っていたが、届いたCメール、画面を見るとたった一文字だけが映っていた。

     

…なるほど…
う~ん、次はテキストの打ち方を教えなくては…(汗)
というところで、今日のところはひとまず終了。
たった一文字が送れただけだったが、母はとてもよろこんで、「うれしい!」を連発していた。

「分厚い方の取扱説明書はそっちに置いていても意味がないから、こっちに送ってね。」と言って電話を切った。
おそらく今日やったことは一晩寝たらすっかり忘れてしまうだろう。
何度でも繰り返し教えよう…と思った。

しかし、年は取ってもnancyの母である。
元々、新しいことにチャレンジすることが大好きなのだ。
いずれは絵文字入り、いや、写真付きのメールでも届くか…とほのかに期待しているのである。

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2006年6月30日 (金)

6月の残像 ~テイカカズラ その3

単純なもので、テイカカズラの花がわかるとうれしくなって、山を歩きながらついつい目で追うようになっていた。

一年中見掛けるテイカカズラの「地上葉」(と呼んで良ければ)は、土の上はもちろん、あちこちの樹や石に気根(付着根)を出してへばり付き、それこそ山の至るところで見掛けるのだが、花を付けるほど育つにはある程度の条件が必要なのか、地上葉を見掛ける割には多くないようだ。
なので、あれほどにたくさんの花を付けたテイカカズラには、そうそうお目に掛かれるものではなかった。

テイカカズラ…と、6月も半ばになったころ、ツルアジサイの花を探しに山へ入った時、写真のテイカカズラと出会ったのである。

「これは…。」と、思わず息を飲んだ。
まるで小山のようである。
高さは2mちょいといったところか、とにかくものすごい花の数で、宿主?の樹木はというと、かわいそうに完全に覆われてしまって、まるでテイカカズラに飲み込まれてしまったようだ。

テイカカズラ残念なことに、これより向こうは藪の中なのであまり近寄ることはできないのだが、ここまで大きく育ったテイカカズラも珍しいのではないだろうか。
それはもう、テイカカズラの花・花・花・花……!!の連呼状態である。
無論、辺りに漂う芳香は喩えようもなく、しかもその全てを娘とミルクの2人+1匹で独占しているのだから、なんとも贅沢な時間だった。

テイカカズラ このように高さや周囲に繁茂する植物のお陰で、なかなか近づくことができないテイカカズラの花だが、ようやく小道脇に咲く花を発見。
高さもさほどでなく、お陰でちょっとだけじっくり観察できた。(あまりじっくりと見ていると、ヤブ蚊の餌食になってしまうが…;)

この写真のテイカカズラは、つぼみから花開くまでの様子を、まるで分解写真のように見せてくれている。
(合弁花であるテイカカズラの花弁は裂片と呼ぶが、)5裂した裂片はまるで5枚羽根のプロペラのようで、今にもくるくると回りそうな表情をしており、縁はゆらゆらと波打って、いかにも涼しげだ。
花が咲き進むと裂片は次第に細く黄色くなっていき、ますますプロペラ状になっていくのである。

さて、nancyを大いに悩ませてくれたテイカカズラの葉だが、あの地上葉は、つまり「テイカカズラの幼木の葉」ということになるのだろうか。
テイカカズラの葉ただし、全ての幼木が花を咲かせるまでに育つわけではなく、取り付いた樹木の形や高さに恵まれるなど、一定の条件を満たした環境の個体のみが、花を咲かせる特権を得るのかも知れない。

こうして「花と共にある葉」と、「幼木の葉」とを比べると、全く様子が違うのがわかる。
成木の葉にはあの特徴的な模様は無く、光沢のある緑色のごく普通の葉なのである。

テイカカズラの葉 もう一つの大きな違いとして、テイカカズラの幼木は気根を出して木や石にしがみついているのだが、花の咲く蔓は掴まっていた樹から離れ、宙に身を乗り出している。
すなわち、葉っぱが違えば樹形も違うわけだ。

おまけに森の中では種々雑多な植物が入り乱れている為、足下からの全体像を見通すことが難しく、ましてテイカカズラの花の位置は高いと来ている。これでは同じ植物と思えないのも当然である。

テイカカズラなぜ、花の咲く蔓は、樹に掴まることをやめて自由に伸びるのだろう。
風が吹けばテイカカズラの花は蔓ごと大きく揺れ、甘い芳香をふわ~っと辺りいっぱいに振りまく。
匂いに誘われた虫(主にスズメガ)を、その白く目立つ花に呼び込んで、受粉してもらう作戦なのではないだろうか。

6月の残像、テイカカズラ。 あのにぎわいは今いずこ…。
今はただ、特徴ある地上葉のみが目に付くだけの静かな日常に戻った。
あとは結実した実がじっくりと熟すまで、しばしまどろみの時を過ごすのだろうか…。

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2006年6月 6日 (火)

深夜の招かれざる客

一昨日のことである。
とんでもない客がやってきた。
いや、「やってきた」というのは、正確な表現ではないかもしれない。

場所は深夜のキッチン。
相変わらず遅い時間に後片付けをしていたnancy、「ようやくフィニッシュ!」とばかりに台ふきんでその辺りの水気を拭き取ろうとした矢先、いきなり右手にビリッと電気的な衝撃が走った。

痛っ!

一瞬何が起こったのか、わからなかったが、反射的に手を激しく振った先に、カサササ…と逃げる何かが見えた。
カサササ…」である。

足の数が…多すぎるぞ……げ!!!
Mukade_1ゲジゲジ~~!刺されたぁ!

「ゲジゲジ」も「刺される」も間違いである。正しくは「ムカデに噛まれた」のだが、人間とっさに出る言葉なんてこんなもんである。
きゃつは、シンクの中をかさささ…と走り回り、生ゴミの後ろに逃げ込んだ。
それを見届けてから、ふと我に返った。

…いくらなんでも、痛すぎるじゃないのぉ…

びりびりと電気が走るような、はたまたカミソリで切られているような鋭い痛みである。
しかし、いったいどこを噛まれたのか、右の小指のどこかなのだが、はっきりとしたポイントがわからない。
それなのに、とにかくめっちゃくちゃ痛い

とっさにじゃーじゃーと勢いよく水道水を出して指に当てた。
これじゃまるで火傷の処置だ。ま、火傷の痛みに似てなくもないからいいだろう。
我ながら訳のわからない理論だったが、後になってみれば、この「水じゃーじゃー」が良かったらしい。
娘が持ってきた消毒薬を振りかけると更にびりびりと痛んだ。

「さて…、やつをどうにかしなければ…」
我が家でこれ以上犠牲者を出してはならない。
水道水に指を当てながらも、いっときたりともムカデの逃げ込んだ辺りから視線を離さなかった。
決して逃がしてなるものか…

半べそをかいている娘にお湯を沸かすように言い、意を決して最終対決に望んだのだった。
まるでエイリアンとの一騎打ちのような気分である。
煮えたぎったお湯の入った小鍋を片手に、生ゴミ裏へと狙いを定めた。
奴はここにいる…

…!アタリを付けて小鍋のお湯を撒いた。
するとムカデは、隠遁の術が破られたかのようにその禍々しい姿を見せ、時代劇の切られ役のように大げさにのけぞったかと思うと、倒れたまま動かなくなった。
あっけないほどの幕切れだった。
それでもなんだか不死身な生命を持っているような気がして、だめ押しでもう一度熱湯を掛けた。もういいだろう…。ふぅ~、思わず力が抜けた。

当面の恐怖が解決したところで、また指が痛みだし、「ムカデに噛まれたときの手当法」を検索した。
いろいろな情報があってありがたかったが、
中には、「ムカデにはムカデ油が一番」というのがあって、そのようなモノはそうそう手元にあるわけがないだろうと思った。
いつかムカデに刺されるときの為にムカデを探し回り、ムカデの反撃を喰らってまた噛まれてしまったら元も子もないのである。(注:ムカデ油は火傷の薬である)

また、「ムカデは必ず“つがい”で居るので、殺したときには必ず遠くに捨てに行かなければならない」というのもあった。
これには思わず指の痛みも忘れ、「ムカデ夫(オスかどうかもわからないが)の仇!覚悟!」と、白装束のムカデ妻が仇討ちにくる姿を想像してしまった。

…と、ここで笑い事ではないことに気が付いた。
ムカデの仇討ちも怖いが、それより怖いのがムカデの毒によるアナフィラキシー・ショックだと言うのである。
ハチ毒や食物、薬物等が原因で起こる急性アレルギー反応のうち、呼吸困難や血圧低下などの全身的な反応をアナフィラキシーと呼び、生死に関わる重篤な症状を伴うものをアナフィラキシー・ショックと言う。
昔、知人がアシナガバチに刺されてショックを起こして救急車で運ばれ、すんでのところで九死に一生を得たのを思い出した。
やばい…私はここでムカデに噛まれて命を落とすのか… 娘よ、さらば、無念じゃ…

…手当の話に戻ろう。
まず第一に、できるだけ毒を出さなければならない。
やり方としては、「口で毒を吸い出す」または、「水道水を流しながら指でつまんで絞り出す」というのが良いようだ。
最終的に両方ともやってみたのだが、まずは、「口で吸い出す」である。
傷付近に口を当て、ちゅっと吸ってはぺっと吐き出し、吸っては吐き出ししているうち、なんだか子どもの頃に見た西部劇の主人公のような気分になってきた。
ガラガラヘビに噛まれ、瀕死の重傷を負うのだが、傷から毒を吸い出して無事助かるのである。めでたし、めでたし…
…しかし、噛まれて涙が出るほど痛くて、相当焦っているはずなのに、なんでこう脳天気なことばかり思い出すのだろう。

と、手当の話に戻る。
次に、「ステロイド軟膏を塗る」とあったので、最近お気に入りの虫さされ用の薬を塗った。
最後に、どのサイトにもあった言葉が、「できるだけ早く医療機関へ」であった。
これについては深夜であるし、当面重篤な症状もなさそうなので、とりあえず寝ることにした。…が、この騒動の後では、なかなか寝付けなかったのは言うまでもない。

翌朝にはずいぶん痛みも取れて、病院にはなんとか自分で運転して行った。
お医者さんも「これなら大丈夫」と太鼓判を押してくれ、その後時間を追うごとに痛みは和らぎ、夜には小指でタイピングできるまでに回復したのだった。

おそらく、「水道水じゃーじゃー」や、「娘の消毒薬」や、「毒の吸い出し」や、薬が良かったのだろうが、通常ムカデに噛まれると、1週間くらいは腫れてしまうと聞く。
つまりは、たいして噛まれなかったのだろう。

ムカデの侵入経路を考えたのだが、nancy夫作「ブロッコリーのスプラウト」が入った、小さなバケツが思い当たった。
スプラウトは撒き方が悪く、食べるにはかなり難しい代物となったのだが、思えば玄関ドアの外で育て、そのままキッチンに「食え」と持ち込んで来たのである。
その中にムカデが潜んでいたのではないだろうか?
つまりは、いつかは噛まれる羽目になったのだろうから、これはまことにもって不幸中の幸い、この程度で済んだのだから、結果的には運が良かったような気がしてきたのである。

ムカデにしても、この度は悪意で不法侵入したわけではなく、言うなればいきなり室内に持ち込まれてしまったのかも知れないし、nancyの指を噛んだのも、いきなり掴まれてびっくりしての正当防衛と言えなくもない。
その屍を見ると、ちっぽけなゴムのいたずらおもちゃそっくりになってしまい、割り箸でつまむとぷるぷると空しく震えた。

次に噛まれたときは今度こそアナフィラキシー・ショックの恐怖が待っているのだが、それでも思った。

明日、土に埋めてやろうかな…。

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