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2006年9月19日 (火)

敬老の日に…

東京に住む両親に心ばかりの品を送ったら、ありがとうの電話が入った。

敬老の日を祝うのは、親の老いを認めるようで抵抗があったのだが、父は80才を越え、母も当年取って77才。これはもう、どこへ出してもおかしくないほどの立派な年寄りである。
ということで、ここ数年は当たり前のように敬老の日を祝うようになっていた。

両親とは、3年前に父が倒れたとき帰京して以来、会っていない。
昨年からは母が1人で父の自宅介護をしており、案じてはいるものの、なかなか帰ることができない。
電話のやりとりが続いているのだが、電話代も高いことだし、なんとか携帯メールが使えないものだろうかと思っていた。

もちろん(?)母はちゃんと2代目のDoCoMo携帯を持っていた。
しかし、どうしても使いこなせない。
簡単な機種を選んだはずなのだが、「教えてもらったときにはできたんだけど…」と、しまいには電話を掛けることも怪しいほどになってしまった。
こちらからメールを送っても、それを見ることすらできないのである。

auの携帯 そこへ母の「携帯換えたんだけどねぇ…全然わかんないのよぉ。」…との言葉である。
(あら、ナンバーポータビリティを待たずして換えちゃったんだ。)

ほとんど使うことができない携帯の、毎月の料金がもったいないと言ってはぼやいていた母に、次はnancyと同じauにするようにと勧めていた。

なぜなら、DoCoMo使いだったnancyに、「auは、機種が違っても操作性がだいたい同じなんですよ。」と言って勧めたお姉さんの言葉が頭にあったからだ。
DoCoMoの時は、電話を介してではどうにも説明しようがなかった。
しかしauならなんとかなるかもしれない。

訊けば、nancyの番号だけがアドレス帳に入らなかったらしい。
早速、遠隔指導を…と思ったが、残念ながらこの日はアドレス帳登録までには至らなかった。
アドレス帳に登録する前に、アドレス帳から掛けたい相手を選ぶこともできないのである。
仕方なく、着信履歴から掛けることを教えた。ひとまずこれで電話を掛けることはできるだろう。

それにしても、普段当たり前のようにやっている携帯の操作だが、それを言葉だけで伝えようとすると、なんと難しいことだろう。
大きな丸いボタンを…、ここまではいい。
「それを下に押して…」つまり、カーソルで「↓」をして欲しいのだが、これがなかなか伝わらないのである。

「ほれ、その…、あの…、丸いボタンのまわりに額縁みたいなのがあるでしょ…」とかなんとか、四苦八苦して説明するのだが、先方はこちらの話など聞きもせず、とんちんかんなことばかりしている。
声が大きくなるのをぐっとこらえ、「はい、一つ戻ろうね。メモ/クリアを押してね。」を繰り返す。

ああ、これはまるでサポート業務だ。
そうこうしているうちに、電話番号がわかればCメールが送れるので、こちらからCメールを送ってみることにした。
受信メールを見ることからして一苦労だったのだが、しまいには返信メールを送ることに成功。やったぁ!

母は、「あいうえお」と打ったと言っていたが、届いたCメール、画面を見るとたった一文字だけが映っていた。

     

…なるほど…
う~ん、次はテキストの打ち方を教えなくては…(汗)
というところで、今日のところはひとまず終了。
たった一文字が送れただけだったが、母はとてもよろこんで、「うれしい!」を連発していた。

「分厚い方の取扱説明書はそっちに置いていても意味がないから、こっちに送ってね。」と言って電話を切った。
おそらく今日やったことは一晩寝たらすっかり忘れてしまうだろう。
何度でも繰り返し教えよう…と思った。

しかし、年は取ってもnancyの母である。
元々、新しいことにチャレンジすることが大好きなのだ。
いずれは絵文字入り、いや、写真付きのメールでも届くか…とほのかに期待しているのである。

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